日々進化していくレンタカー
企業社会でいえば、その背景には一匹狼では生きていくのが難しいという構造があった。
それは今も厳然としてある。
動物の群れなら必ずボスがいるように、企業グループには求心力と統率力を持った盟主がいなければならない。
グループとは必ずしも同一のカテゴリーで論じられないが、日本固有のビジネス慣行として「系列取引」というのがある。
欧米では「Keiretsu」という外来語が使われるほど有名な取引形態である。
欧米にもそれがあるのに日本のそれに比べてどこが違うかといえば、彼らに言わせると日本のケイレツは閉鎖的だといきり立つのである。
もっと門戸を開けと怒りだす。
自動車業界でいえばGMとデルファイ、フォードとビステオン、ルノーとヴァレオというふうに、各社には必ず自社の色がついたサプライヤー(部品メーカー)たちがいる。
ただし欧米のスーパーサプライヤーたちは、けっして主要納入先に凭れかかることはなく、世界じゅうのメーカーに食い込もうという自主独立心が旺盛である。
現にGMの部品事業部から分離独立したデルファイだが、世界で同社と取引のない自動車メーカーはゼロに等しいといってもよいくらい、ニッチメーカーにまではいり込んでいる。
年間八〇〇万台以上のクルマを生産するGMを盟主に持ちながら、デルファイの動きからは、固く閉まった日本のケイレツの門扉をこじあけようという意気込みさえ伝わる。
欧米の各社が異口同音に日本のケイレツという商慣習を非難したことは、いま思えば彼らの身勝手な言い分ではなかったと理解できる。
その答えは九八年から二〇〇〇年にかけ、日・米・欧の三極を跨いで吹き荒れた自動車メーカーの大再編の中にある。
ダイムラーとクライスラーに始まり、日産とルノー、フォードとボルボ、GMとフィアット、あるいはGMと富士重工、ダイムラーと三菱、と主なものだけでも目まぐるしいほどいろんな形の合従連衡が進んだ。
すべて各社が生き残りをかけて選んだ道である。
三年前と今とでは業界地図の色分けが様変わりしている。
自動車も国内で勝った、負けたと一喜一憂している時代ではない。
グローバルな大競争を避けて通れなくなってきた。
そういう現実を目の当たりにして、ケイレツが旧来の「持ちつ、持たれつ」という力学の中で安穏とやっていけるわけはない。
動物の集団であればボスの実力が衰退すると、次に虎視耽々と跡目を狙っているものがいる。
しかし企業グループの場合では親亀がこければ子亀もこぞってこける。
現代のようなメガコンペティションの時代になると、不沈艦と信じられたほどの親企業が、いとも簡単に座礁して傾いてしまうのだ。
もはや日本型株式会社の中で、寄らば大樹の陰と信頼されるような親企業は存在しないと考えるべきだろう。
鉄鋼再編をも加速させたゴーンの鉄の意志新日本製鉄を筆頭に、見方によっては鉄鋼業界ほど「日本株式会社」の典型と思われる業界はなかろう。
そのわけは各社の企業体質もさることながら、現在では死語も同然となった「鉄は国家なり」を自他共に認めてきたことが、今なお大方の人びとの頭にこびりついていることにもよる。
上下に多少のブレは生じても、年間で一億トンを生産すれば安泰な業界であった。
製造業の中でも高炉は典型的な装置産業である。
製品にモデルチェンジがあるわけではないし、自動車などのように熾烈なシェア争いを演じるでもない。
大は新日鉄から五位の神戸製鋼まで、周りからはどことなく国営か公団組織を思わせるところさえあった。
その鉄鋼業界にとって、現在の自動車産業は最大の顧客である。
昔、「自動車専務に鉄鋼課長」といわれ、まともに取り合ってもらえなかった自動車と立場が完全に逆転している。
トヨタ主導で新日鉄と価格交渉を進め、そこで決まればあとはすべて「右へならえ」となるのが最近の両業界における慣行であった。
各社ごとのシェアについても十年一日のようにほとんど不動であった。
鉄の世界ではメーカー別生産能力の問題もあり、「取った、取られた」といって波が立つのを嫌う風潮があったのではないかと思われてならないフシがある。
日産の場合、従来は新日鉄、NKK(日本鋼管)、川崎製鉄の三社がほぼ均衡のかたちで七五%前後を納入していた。
残りを住友金属と神戸製鋼で分け合っていた。
ところがゴーンが実権を握ったとたん、彼は思いきった購買改革を打ち出したのである。
それはNRP(日産リバイバループラン)の中の大きな柱である「向こう三年間における購買費二〇%削減」という項目が示すように、コストキラーの異名を持つゴーンの鉄より固い意志の現れであった。
「仲良しクラブじゃあるまいし、どこか一社を重点的に絞れ。
絞れるだけ絞り、“それでもやります”というメーカーに発注すればよい。
その結果、″うちもやります″というメーカーがあれば少しくらいは発注してもよかろう」ゴーンの腹の内を覗けば、きっとこう考えたにちがいない。
あわてたのは鉄鋼業界である。
まさかそこまでは?と、日本人の常識では考えられないことをゴーンは本当にやってのけたのである。
なにしろ、それまで主導的立場にあったトヨタが、「これでうちもやりやすくなった」と、そうほくそ笑んだという話もあるくらいだ。
二〇〇一年春、NKK、住友金属、神戸製鋼所の三社の株価は、よくて八〇円台、悪いときは七〇円台をうろうろしていた。
ところが、ある日突然、NKKの株価だけが跳ね上がった。
いっきに一三〇円台にまで上がった。
理由はNKKと川崎製鉄が業務提携を交わしたからだ。
川鉄株は上からないで、NKK株が川鉄のほうへ近づいていった。
実はNKKの日産への納入比率二五%が削られるとは、産業界の事情に詳しい人なら考えも及ばなかっだろう。
NKKも日産も、共に芙蓉グループの中核企業なのである。
芙蓉グループというのは富士銀行を中心とした旧・安田財閥のほか、丸紅、大成建設など有力企業がズラリと並ぶ国内の一大勢力である。
血縁関係はなくても、いざというときには助け合うくらいの気持ちを持ちながら、気さくにつき合ってきた仲間たちである。
そのような巨大な企業集団をゴーンはあっさりと壊してしまった。
日本株式会社とよばれるような会社は一様に、「そこまでやるか?」と驚いた。
NKKは二五%から、なんとI〇%にも満たない数字にまで削られたのである。
NKKが川鉄と提携したのはこれが直接の原因ではないにしても、ゴーン旋風が鉄の業界再編に追い風を吹かせたことは否めまい。
いま、日本でビジネス社会の常識を果敢にひっくり返している男として目立つのは、やはりゴーンをおいて他にはいない。
はがねの合理性を持つ経営のプロ日産がやったのなら、うちでもやろうI。
そういって他がそっくり真似ることができないところにゴーンの強味かおる。
なぜなら、まず考えられることは、ゴーンにはどこの誰とも、いっさいの情実やしがらみにとらわれる必要がないからだ。
俳句の世界、わび、さびの情緒まで理解し、大相撲の熱心なファンである自国のシラク大統領ほどの知日派ではない。
しかしゴーンにも違った鋭い感性かおる。
彼ほどの男が異国へ乗りこんで、次々とその国の常識や慣習をくつがえせばどうなるか、それを知らないわけはない。
強引なことをすれば必ず摩擦は起こる。
ときにはしっぺ返しも食うことがある、ということくらいはちゃんとわかった上で断行している。
相性のよいレンタカーをみつけるには、より多くのレンタカーを試し、経験を重ねるしかないのではないでしょうか。
まずは、タイトル・説明文がレンタカー広告でどういったレンタカーの役割を担っているのかを考えてみましょう。
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